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東京地方裁判所 平成9年(刑わ)484号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、政治結社○○社の代表者であったが、同団体構成員丙田次郎と共謀の上

一  平成九年一月九日から同年二月一三日までの間、ほぼ連日にわたり、東京都港区北青山〈番地略〉甲野商事株式会社東京本社ビル前路上において、街頭宣伝車の拡声器を使用して、「甲野商事社長丁川三郎、いやホモ野商事社長丁川三郎、貴様のようなホモ野郎は日本貿易会会長を即刻辞職すべきなんだ。貴様のようなホモ野郎を日本貿易会会長に据え置くことは日本の恥なんだ。貴様は元左翼運動家、さらには共産党を手先に使い、地方の中小零細企業の財産を根こそぎ奪い取り、そして男妾に貢ぐ。貴様は男妾の事業の失敗で尻拭いをして今度はその男妾の尻に世話になっているホモ野郎」「甲野商事……ホモ野商事といいます。社長がホモなんです。男妾を囲って、男妾に貢ぐ、これが甲野商事社長丁川三郎なんです。甲野商事、通称ホモ野商事というんです」「そのようなスキャンダルがありながら、なぜ甲野商事社長丁川三郎は日本貿易会会長にいられるか。日本貿易会は、通産省の所管にあります。この通産省と甲野商事の癒着、これはまた後日出てきますが……どんどん出てきます。甲野商事と通産省との癒着ははっきりしております」等と大声で多数回にわたって怒鳴り、あるいは童謡「桃太郎」の節で「ホモ野さん、ホモ野さん。貿易会長やめなさい。社長がホモでは恥ずかしい」等と歌った声を録音したテープを再生し、もって、公然事実を摘示して右丁川三郎の名誉を毀損するとともに、公然右会社を侮辱し

二  同年二月一四日及び同月一八日の前後二回にわたり、右甲野商事株式会社東京本社ビル前路上において、右同様の方法で、「甲野商事社長丁川三郎、貴様のような破廉恥な男が日本貿易会会長にいることは日本の恥なんだ。貴様は、男妾を囲い男妾に貢ぐために、地方の中小零細企業を共産党まで手先に使い、悪質で巧妙な方法手段により根こそぎ食い物にして、男妾に貢ぐ。貴様のような破廉恥なホモ野郎は即刻日本貿易会会長を辞職せよ」「貴様は、男妾のハワイでの失敗に対し、二〇億もの尻拭いをした。一人の男妾を助けるために地方の中小零細企業を食い物にし、その連中を死人同然にしたんだ。甲野商事社長丁川三郎、貴様は国賊なんだ」等と大声で多数回にわたって怒鳴り、あるいは前記録音テープを再生し、もって公然事実を摘示して右丁川三郎の名誉を毀損し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示一の所為のうち丁川三郎に対する名誉毀損の点及び判示二の所為は包括して刑法二三〇条一項に、判示一の所為のうち甲野商事株式会社に対する侮辱の点は包括して同法二三一条にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い名誉毀損罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(争点に対する判断)

【注】1 平成九年の日付については、年の表記は省略する。

2 括弧内の甲の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。

第一  訴訟手続の適法性について

一  本件の告訴・起訴等に関する手続経過

1 三月一二日付けの本件起訴状記載の公訴事実は、一月九日から二月一三日までの甲野商事株式会社(以下「甲野商事」という)及び同会社代表取締役社長丁川三郎(以下「丁川」という)を被害者とする名誉毀損の事実であり、六月一〇日付け訴因変更請求書に基づく訴因変更(同日の第三回公判期日に許可決定)によって、甲野商事及び丁川に関する表示内容が付加されて、公訴事実は、末尾が「もって、公然事実を摘示して右丁川三郎及び右会社の名誉を毀損したものである」とされているほかは、判示一の事実とほぼ同旨となった。

2 ところで、名誉毀損罪(及び侮辱罪)は親告罪であって、告訴がなければ公訴を提起することができないのであり(刑法二三二条一項参照)、したがって、本件においては、告訴の存在が訴訟条件になるところ、告訴の存在に関する証拠として、左記〈1〉ないし〈3〉の書面が請求され取り調べられている。

〈1〉 甲野商事(告訴会社)代理人弁護士河上和雄外一名作成の二月六日付け告訴状(甲一)

告訴事実として、「被告人は、一月九日、甲野商事先路上で、街頭宣伝車の拡声器を使って『甲野商事社長丁川三郎、貴様のような破廉恥な男を日本貿易会会長にしておくことは日本の恥なんだ。貴様はホモじゃないか。元左翼運動家、さらには共産党を手先に使い、地方の中小零細企業の連中を殺し、財産を根こそぎ奪い取る。この財産の中から男妾に貢ぐ。会社の名前をホモ野商事に変えろ。ホモ野商事社長、貴様のようなホモ野郎は日本の恥なんだ』等とわめきたて、もって、虚偽の風説を流布するとともに公然と虚偽の事実を摘示して、甲野商事の信用及び名誉を毀損した」旨記載され、罪名は信用毀損及び名誉毀損とされている。

〈2〉 甲野商事代表取締役丁川三郎作成の二月一三日付け上申書(甲七)

丁川が甲野商事の代表取締役社長及び社団法人日本貿易会の会長であること、二月六日付け告訴状の告訴事実(一月九日の街頭宣伝)と同旨の事実の記載に引き続いて、私はホモではなく、このような街頭宣伝は、甲野商事の代表者である私の名誉を甚だしく毀損するのみならず、弊社の信用と名誉を著しく傷つけるものであること、同様の街頭宣伝活動は一月八日から昨日(二月一二日)までほぼ毎日行われていることなどの記載があり、最後に「よって、ここに乙山太郎(被告人)を告訴するに至った次第である。私及び弊社の窮状をご賢察頂き、厳重処罰をお願い申し上げる。かかる状況に至った経緯・詳細は弊社代表取締役専務戊村四郎に聴取頂きたい」旨が記載されている。

〈3〉 甲野商事代表取締役戊村四郎作成の二月一三日付け上申書(甲八)

戊村が甲野商事の代表取締役で建設グループの最高責任者であること、二月六日付け告訴状の告訴事実(一月九日の街頭宣伝)と同旨の事実の記載に引き続いて、これらの演説内容は事実無根であり、甲野商事の代表取締役社長の名誉を甚だしく毀損し、かつ弊社の信用と名誉を著しく傷つけていること、同様の街頭宣伝活動は一月八日から昨日(二月一二日)までほぼ毎日行われているなどの記載があり、最後に「右の通りの事情であるから、ここに乙山太郎(被告人)を告訴するに至った次第であり、弊社の置かれた窮状をご斟酌頂き、厳重処罰をお願い申し上げる」旨が記載されている。

なお、以上〈1〉ないし〈3〉の書面は、いずれも警視庁赤坂警察署長宛てであり、作成日付の日に赤坂警察署に提出・受理されたものである。

3 その後、六月二五日付け訴因変更請求書に基づく訴因変更(七月一八日の第五回公判期日に許可決定)により、先の公訴事実に、判示二と同旨の丁川を被害者とする二月一四日及び一八日の名誉毀損の事実が追加され、この追加事実についての告訴に関して、次の〈4〉の書面が請求され取り調べられた。

〈4〉 丁川三郎(告訴人)代理人弁護士河上和雄外一名作成の六月二〇日付け告訴状(甲四五)

告訴事実として、判示二とほぼ同旨の事実が記載され、罪名は名誉毀損とされており、警視庁赤坂警察署長宛てで、同日に受理されている。

4 〈1〉の告訴状は同意書面として取り調べられたが、〈2〉ないし〈4〉の書面については、弁護人は不同意との意見を述べた。当裁判所は、訴訟条件である事実については、自由な証明で足りると解して、これらの書面の立証趣旨を甲野商事ないし丁川の「告訴の存在」に限定して採用したものである。そして、〈4〉の告訴状(後述のとおり、本件において最も重要な意味を有するものである)に関しては、弁護人が第六回公判期日において、これによる告訴の効力は争うが(後記二参照)、この告訴状が丁川個人の真意に基づくものであるということまでは争わない旨釈明したので、丁川を検察官の請求ないし職権で証人として喚問するなどの措置はとられなかったものである。

以上の書面のほか、検察官は、〈5〉丁川作成の五月一三日付け上申書(甲三二)を請求したが、弁護人は不同意との意見を述べた。この上申書は、内容的にも〈2〉の上申書を提出した経緯を事後的に説明するものと推察されるので、告訴の存在については自由な証明で足りるとしても、この〈5〉のような書面までを採用するのは相当でないと思料されたところ、結局検察官はその請求を撤回した。なお、検察官請求の証人寅山五郎は、〈1〉ないし〈5〉の各書面の作成を含む本件告訴の経緯に関する供述をしている(内容は後述)。

5 被告人は、「一月九日及び二月一四日、甲野商事東京本社ビル前路上で、街頭宣伝活動(その内容は〈1〉の告訴事実とほぼ同旨)をして、甲野商事の信用及び名誉を毀損した」旨の被疑事実により、二月一九日に逮捕され(逮捕状は同月一七日発付)、同月二二日に勾留された。逮捕状及び勾留状の罪名はいずれも信用毀損及び名誉毀損(被害者は甲野商事のみ)である(なお、信用毀損罪は親告罪ではない)。そして、被告人は勾留中の三月一二日に前記のとおりの丁川及び甲野商事の両名を被害者とする名誉毀損罪により起訴されたものである。

二  弁護人の主張の要旨

そして、弁護人は、以上のとおりの訴訟の経過(特に1ないし3)に関して、訴訟手続が違法であるとして、以下のとおり主張する。

[1] 本件の罪数は、各日の行為毎に一罪が成立し、これらが併合罪の関係にある(各被害者に対する罪相互の関係は観念的競合)と解すべきである。

したがって、第一に、〈1〉の告訴状は、告訴人を甲野商事、告訴対象を一月九日の罪とするものであるから、本件公訴事実中、甲野商事を被害者とする一月九日の罪以外の犯罪事実については、右告訴の効力は及ばず、告訴を欠くことになるので、公訴提起は不適法である。

第二に、前記一3の訴因変更により追加された丁川を被害者とする二月一四日及び同月一八日の罪と、起訴状記載の罪との間には公訴事実の同一性がないから、右訴因変更は違法である。

[2] 仮に本件の罪数が各被害者毎にそれぞれ包括一罪であるとしても、〈1〉の告訴状は、告訴人を甲野商事とするものであるし、〈2〉の上申書により、丁川による告訴がなされたものとはいえないから、丁川を被害者とする名誉毀損罪については、本件公訴提起時には告訴が存在しなかったことになるところ、訴訟条件は公訴提起の際に具備している必要があると解すべきであるから、〈4〉の告訴状により、公訴提起の後である六月二〇日に告訴がなされたとしても、丁川を被害者とする名誉毀損罪に関する公訴提起を適法とすることは許されない。

三  当裁判所の判断

1 弁護人の主張[1]について

本件の罪数関係であるが、被告人の本件行為は、同一人の名誉の侵害に向けて、ほぼ連日のように、ほぼ同一の場所で、ほぼ同一内容の表示をほぼ同一の態様で連続的になしたものであるから、各被害者に対する行為毎に包括して一罪を構成するにとどまると解するのが相当である(そして、これらの各包括一罪は観念的競合の関係にあるものと解される)。

したがって、弁護人の主張[1]はすべて採用の限りではない。そして、親告罪の告訴は、一個の犯罪事実の一部についてなされたものでも、その犯罪事実の全部について効力を生ずると解されるから(告訴の客観的不可分の原則)、本件公訴事実中、甲野商事の名誉毀損の事実に関しては、〈1〉の告訴状による告訴の効力は、包括一罪の関係にある事実全体に及ぶのであって、何ら訴訟条件に欠けるところはないことになる。なお、二月一三日付けの〈2〉、〈3〉の各上申書は、〈1〉の告訴状を補充する意味を有するものであり、これらによって、甲野商事の代表者が、捜査機関に対し、一月九日以降の事実についても被告人の処罰を求める意思を明確に表示しているものと認められるから、右甲野商事の名誉毀損の事実については、そのすべてについて明示的な告訴が存するとみることもできる。

2 弁護人の主張[2]について

(一) 本件公訴提起の時点における丁川の告訴の存否

まず、本件公訴提起の時点において、丁川個人を被害者とする名誉毀損の事実について、告訴が存在したと認められるかを検討する。

〈1〉の告訴状は、甲野商事のみを告訴人として表示していることが明らかである。告訴事実には、丁川個人の名誉毀損に当たる具体的事実も含まれてはいるが、右告訴状が甲野商事の代理人である弁護士によって作成されたことにかんがみると、右告訴状により丁川の告訴がなされたものとみる余地はない。

検察官は、〈2〉の上申書は丁川が作成したものであり、これには、丁川個人の名誉毀損に当たる具体的事実のほか、その事実につき個人としても被告人の処罰を求める趣旨と読み取れる記載があるので、右上申書によって、丁川個人も自己に対する名誉毀損の事実について告訴したものと認められる旨主張する。

なるほど、告訴は、書面又は口頭によって行うことができ、書面による場合には、通常は「告訴状」と題する書面が提出されるが、表題が「上申書」等であっても(表題がなくても)、捜査機関に対し、犯罪事実を特定して、その犯人の処罰を求めるとの意思が明らかにされていれば足りると解されるところ、〈2〉の上申書には、検察官が指摘するような記載も含まれていることが明らかである(前記一2〈2〉参照)。しかしながら、第一に、右上申書は、その作成名義人は丁川であるが、「甲野商事株式会社代表取締役」の肩書が付され、「取締役社長」という印が押捺されているし、「よって、ここに乙山太郎を告訴するに至った次第である」「経緯・詳細は弊社代表取締役専務戊村四郎に聴取頂きたい」などという文面からは、〈3〉の上申書と同様に、甲野商事のみを告訴人とする〈1〉の告訴状を提出するに至った経緯等を説明する趣旨のものにすぎないように窺われるので、この上申書の文面自体からは、この書面によって丁川が新たに個人としても処罰を求める意思まで表示したものか否かは判然としないといわざるをえない(〈1〉の告訴状にも丁川個人の名誉毀損に当たる具体的事実の記載が含まれているし、〈2〉の上申書中の「告訴」は〈1〉の告訴状による告訴を指すと解するのが自然である)。第二に、証人寅山五郎の当公判廷における供述によると、甲野商事内部においては、丁川個人が何らかの事件に巻き込まれることを避けるため、告訴人は甲野商事だけにすることに決定した上で、〈1〉の告訴状の作成に至ったものであり、〈2〉の上申書は、〈1〉の告訴状を受理した赤坂警察署の警察官から、告訴状は会社名義で出されているから、肩書は代表取締役で結構である旨の指導があったため、そのような肩書を付して作成したものであるというのである。第三に、前記一5のとおり、被告人の逮捕・勾留は、甲野商事のみを被害者とする信用毀損及び名誉毀損を被疑事実としてなされているので、〈2〉の上申書を受理した捜査機関においても、この書面によって丁川個人の告訴がなされたものとは解していなかったことが明らかである。以上によると、〈2〉の上申書が、丁川個人による告訴の趣旨を含むものと認めることはできず、これによって、丁川個人が自己の名誉毀損の事実につき告訴をしたものとは認められない。

したがって、本件の公訴提起時においては、丁川を被害者とする名誉毀損の事実に対する告訴は存在しなかったものと認められる。

(二) 本件公訴提起後における丁川の告訴の効力等

(1) 問題点の概要

次に、前記のとおり、第五回公判期日における訴因変更により追加された事実(二月一四日及び同月一八日の犯行。以下「追加事実」という)については、その訴因変更請求以前である六月二〇日に提出された同日付け告訴状(甲四五)により、被害者である丁川個人による適法な告訴がなされたものと認められる。そして、前記の告訴の客観的不可分の原則により、右告訴の効力は、右追加事実と包括一罪の関係にある当初の公訴事実中の丁川の名誉毀損の事実(以下「元の事実」という)にも及ぶものと解されるところ、問題は、元の事実は、訴訟条件である告訴がないのに、審判の対象として掲げられていた時期があることになるが、そのような欠陥のある訴因を基礎としてこれに追加事実を付加する訴因変更を適法になしうると解した上、元の事実についても、これが訴因として掲げられた後になされた告訴の効力が及ぶものとして、変更後の訴因につき、そのまま実体判決をすることが許されるか、ということである。これを積極に解するとすれば、元の事実について、いわゆる「告訴の追完」を認めるのと同じことになるので、慎重な検討が必要と思われる。以下、本項においては、説明の便宜上、本件公訴事実中、甲野商事の名誉毀損の事実をA事実、丁川個人の名誉毀損の事実全部をB事実、そのうちの元の事実をb1事実、追加事実をb2事実と呼び、A事実の訴因をA訴因というように表記することとする。

(2) 科刑上一罪の場合と告訴の追完について

一般に、告訴を欠いたまま親告罪(単純一罪ないし包括一罪)について公訴提起がなされた場合には、公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとして、公訴棄却の判決がなされるが(刑訴法三三八条四号)、検察官は、告訴期間内に告訴権者から告訴がなされれば、その罪につき再起訴することはできるものと解されている。すなわち、公訴提起の手続に違法があるときは、公訴棄却の判決によって、その違法を明らかにした上で訴訟手続を終結させるべきであるが、親告罪における告訴の欠缺のように、その公訴提起の手続の違法を事後的に是正することが可能である場合には、その是正後における再度の公訴提起を許容して、告訴権者の意思に沿った刑罰法規の適用実現を図りうるものと解されるのである。

さて、本件のA事実とB事実のように科刑上一罪の関係にある二個の親告罪について、検察官が、A事実の被害者から告訴がなされたが、B事実の被害者は未だ告訴には踏み切れないと述べている段階で、まずA事実のみを起訴しておき、その後B事実の被害者から告訴が得られた段階で、B事実の訴因の追加請求をするということは、当然に許容されるところである。問題は、A事実についてしか告訴がない段階で、検察官が誤って(早まって)、A・B両事実を起訴し、その後にB事実についての告訴がなされた場合をどう解するかである。この場合、科刑上一罪に対しては一個の判決がなされるべきであるから、A事実と別個にB事実について公訴棄却の判決をすることはできないが、A事実については実体判決をし、その理由中でB事実について公訴棄却の事由がある旨の判断を示すことは可能である。しかし、その判決が確定すれば、B事実にもA事実についての実体判決の一事不再理効が及ぶから、B事実を再起訴することはできなくなってしまう。このような場合、いったん検察官の過誤が介在したからといって、それ故に、B事実について、適法な告訴がなされたにもかかわらず、その処罰を不可能とするような解釈は採りえない(単純一罪の場合の前記解釈との権衡を図るべきである)。そして、A事実とB事実が科刑上一罪の関係にあるのであれば、両事実を不可分一体のものとして同一の手続で審理判決しなければならないことは、絶対的な要請であるといっても過言ではない(A・B両事実について二個の有罪判決をすることは、科刑上一罪としての処理をしないということになるし、特にA・B両事実が観念的競合の関係にある場合、同一の行為について二重処罰であるとの非難を免れない)。被告人としても、A事実については、実体審理(及び判決)を受けなければならない立場であることに変わりはなく、B事実につき適法な告訴があれば、いずれこれについても審判されることは免れないのであり、審判されるのであれば、結局A事実と同一の手続によることになるのである。

結局、以上のような科刑上一罪の場合については、B事実についての審判の機会の保障(その告訴権者の告訴権の尊重)及びA事実との科刑上一罪としての取扱いの要請(後者は絶対的要請)があることから、一般的にいわゆる告訴の追完を許容して、告訴を欠いた状態で訴因として掲げられたB事実についても、その後適法な告訴がなされたのであれば、そのままその審判をすることが許されるものと解するのが相当と思料される。なお、このように解しても、A事実についての審理中(第一審)にB事実についての告訴がなされたのであれば、被告人に何らの不利益も生じないし(B事実についての告訴権者の意思がなかなか決まらない場合の処理については後述する)、検察官がいったん告訴を欠いたままB事実を訴因として掲げた違法は、通常は審理の過程において検察官も自認するであろうから、判決や決定等によって仰々しく指摘するまでの必要はないように思われる。

そうすると、本件においては、b1事実について告訴の追完を認めることができると解されるので、b1事実と包括一罪の関係にあるb2事実についての告訴(〈4〉の告訴状によるもの)の効力は、告訴の客観的不可分の原則により、b1事実にも及ぶものとして、b2事実を追加する訴因変更を許可した上、B事実について実体判決をすることも許容されると解するのが相当である(告訴の客観的不可分の原則に照らすと、b2事実についての告訴はB事実についての告訴と同視することができるので、A事実とB事実に単純化して論じたところは、基本的にはそのまま本件にも当てはまるといってよい)。

(3) 告訴欠缺の違法を宣明する手続の要否等

しかしながら、さらに検討すると、親告罪の訴因について告訴を欠くというような違法は、いやしくも刑事訴訟において根本的に重要な審判対象に関するものであるから、単純一罪等の場合における公訴棄却判決・再起訴という手続に準ずるような何らかの措置を講じて、その違法を宣明することが望ましいことは明らかであるが、このような措置が必要であるとする見解もありうると思われる。そこで、そのような措置としては、どのようなものが考えられるかを検討する。

第一に、A訴因を撤回して、B(b1)事実について公訴棄却の判決をして、その後に改めてA・B両事実を再起訴するという措置が考えられる。これによれば、B事実について公訴棄却の判決を経た上で、再起訴によりB事実についても実体判決をすることが可能になるので、前記の単純一罪等の場合とほぼパラレルになる。そして、A事実についての捜査・審理が極めてスピーディーに進行する一方、B事実の被害者が告訴するか否かは六か月の告訴期間一杯まで考えさせてほしいという意向を表明しており、その告訴の有無が確定するまでなお数か月待たなければならないというような場合には、検察官において、B事実の告訴が得られるとの見込みを立て、B事実の犯情を軽視できないと判断すれば、自発的にA訴因を撤回して、B事実について公訴棄却の判決を受け、B事実についての告訴が得られたならば、A・B両事実について再起訴し、それが得られなければ、A事実のみを再起訴するという措置に出ることもありうるであろう。しかし、A事実の公訴提起の手続には何ら違法はなく、これについてはそのまま実体判決をすることができる状態にあるのであるから、検察官がA訴因を撤回する義務を負うとまで解することは困難である(裁判所が検察官にA訴因の撤回を勧告することも極めて不自然である)。

第二に、B訴因をいったん撤回して、改めて追加する(本件について、正確にいえば、b1訴因を撤回して、b2事実を含むB訴因を追加する)という、より簡便な措置が考えられる。この措置によっても、B訴因を審判対象に掲げた手続に違法があったことを、検察官の訴因撤回等の請求及び裁判所の許可決定を通じて宣明することができるといえよう。そして、B事実についての告訴がない段階で、その告訴の欠缺が問題になった場合には、この訴因撤回等の措置が当然講じられることになるものと思われる。しかし、第一回公判期日前にB事実についての告訴があり、被告人・弁護人もその点は不問に付して審理を進めてよいとの意見を述べているような場合にも、B訴因撤回・再追加の措置を必ず経なければならないと解するのはかなり不自然であるし、第一回公判期日以後であっても、B訴因の撤回前にB事実についての告訴がなされた場合には、B訴因の撤回・追加の措置をとることが望ましいとはいえても、検察官にはこれらの措置をとるべき義務があり、裁判所にも訴因撤回命令を出す義務があることもあるとまで解するのは相当とは思われない。もっとも、このような場合においても、原則として検察官に訴因撤回等の措置をとるべき義務があるとする見解もなくはないと思われる(この見解によると、検察官が裁判所の訴因撤回等の命令に応じなかったときは、B事実については、適法な告訴があっても、判決の理由中で公訴棄却の事由があると判断することになり、処罰する途が閉ざされることになるが、それは検察官が裁判所の命令に従わなかったことにより招来される帰結であるから、やむを得ないということになろう)。

しかし、仮にこのような見解を採るとしても、本件においては、以下のような特殊な事情がある。すなわち、本件では、〈2〉の上申書が公訴提起時(b1事実を訴因に掲げた時点)で存在しており、検察官は、第一次的には、これによりb1事実についての告訴があったものと解されると強く主張しているのであって、当裁判所は結論的にはその主張には理由がないと判断したものであるが、(前記(一)参照)、右主張にもそれなりの根拠があり、検察官がこのような主張をすること自体は非難されるべきこととは思われない(検察官としては、勾留状の被疑事実とは異なる事実で起訴するのであれば、丁川個人の告訴の有無には十分注意を払うべきであるし、注意を払ったとすれば、〈2〉の上申書で足りるなどという判断にはならなかったはずであって、起訴に際して落度がなかったとはいえないが、これは別論である)。そして、甲野商事や丁川側においても、〈2〉の上申書によって丁川個人も告訴したものとの見解を事後的に採るようになり、〈5〉の上申書を作成したりb2事実に限定した〈4〉の告訴状を作成するなどしていることをも併せ考えると、本件において、検察官がb1訴因をいったん撤回し、b2事実を含むB訴因を改めて追加するという措置をとらなかったことには、それなりの合理的な理由があるのであり、検察官にこのような措置をとるべき義務があったとは解されないし、裁判所が審理途中で前記(一)のような判断を固めたとしても、これを前提として検察官に対し訴因撤回等を勧告ないし命令することはかなり不自然なことであり、裁判所にそのような義務があると解するのも相当でない。したがって、原則的に検察官に訴因撤回等の義務があるとする前記のような見解を前提としても、右のような特殊な事情のある本件の場合は、例外とすべきであり、b2訴因の追加を許可した上、B事実について実体審理・判決をすることは、やはり適法であると解することができる。

(4) 本件における特殊な論点

もっとも、本件においては、後記のとおり、A事実については、名誉毀損罪は成立せず、侮辱罪が成立するにとどまるというのが当裁判所の判断であるから、b1事実について公訴棄却の事由があるとすれば、結局A事実については、形式判決である管轄違いの言渡しをすべきであるとする解釈もありうるところである(侮辱罪は、その法定刑が拘留又は科料であるから、簡易裁判所の専属管轄に属する罪である《裁判所法三三条一項二号、二四条二号参照》。しかし、訴因が名誉毀損であれば、地方裁判所は実体審理をしなければならないのであるから、その結果縮小認定によって侮辱罪の成立を認めるべきときには、その旨の有罪判決をなしうるとする解釈も十分検討に値するように思われる)。この解釈によると、本件については、A事実についての実体判決はなしえないから、前記のように、A事実について実体判決が確定してしまうとB事実について処罰の機会が失われるということはいえず、B事実についての告訴の追完を認めなくても重大な不都合は生じないとも考えられる。しかし、A事実について侮辱罪が成立するとの判断は、その実体審理を経た上で初めてなしうるものであること、前記のとおり、科刑上一罪については、同一手続で実体審理をすべきであるという強力な要請があるということに何ら変わりはないこと、実体審理をした上で縮小認定をし、他の裁判所の専属管轄に属する罪の成立を認めて管轄違いの判決をするというのは極めて例外的な場合であること、検察官があくまで名誉毀損罪が成立すると主張したり、被告人が侮辱罪も成立しないと主張したりして、控訴審・上告審において別異の判断がなされる可能性もあり、訴訟経済の見地も軽視できないこと、たとえ管轄違いの判決が確定しても、B事実についての告訴があれば、A・B両事実の再起訴は、簡易裁判所ではなく、地方裁判所になすべきことになることなどを総合考慮すると、このような本件における特殊な事情を勘案しても、前記のとおりのB事実についても実体審理・判決をなしうるとの解釈を変更すべきものとは解されない。

(三) 結論

以上のとおりであって、弁護人の主張[2]も採用できない。

第二  甲野商事を被害者とする名誉毀損罪・侮辱罪の成否について

一  検察官及び弁護人の主張の概要

本件公訴事実(判示一の事実の関係)において、被告人の所為は、甲野商事の関係でも名誉毀損罪に当たるものとされており、検察官もその旨主張するが、これに対し、弁護人は、被告人の本件所為は、甲野商事の名誉を毀損するような事実を摘示したものとはいえないから、同会社に対する関係では被告人は無罪であると主張するところ、当裁判所は、甲野商事の関係では、被告人には名誉毀損罪ではなく侮辱罪が成立するとの判断に達したので、以下その理由を説明する。

二  被告人の表示の内容とこれについての検察官の主張

被告人が本件(判示一の事実)において表示した内容は、大別すると、

〈1〉 甲野商事の代表取締役社長である丁川がホモであり、男妾を囲い、男妾に貢いでいること、

〈2〉 丁川が、左翼運動家や共産党を手先に使い、地方の中小零細企業の財産を根こそぎ奪い取り、これを男妾に貢いでいること、

〈3〉 右のとおりのスキャンダルがありながら、丁川が日本貿易会会長にいられるのは、日本貿易会を所管する通産省と甲野商事が癒着しているからであること、

〈4〉 甲野商事を「ホモ野商事」あるいは「ホモ野さん」と繰り返し呼称したこと

である。

そして、検察官は、右表示が大手商社である甲野商事の顔ともいうべき代表者の人格に対する倫理的価値を低下させ、ひいては同社の社会的評価を低下させるものであり、また、同社が事業活動中で中小企業の財産を収奪してあたかも不当な利益を挙げているかのような印象を一般通常人に与えるものであるから、やはり同社の社会的評価を低下させるものであって、同社の名誉を毀損していることは明らかである旨主張する。

三  当裁判所の判断

1 各表示の検討

(一) そこで、まず〈1〉の表示について検討する。

法人あるいはそれに類する団体(以下「法人等」という)も名誉毀損罪及び侮辱罪の保護法益である名誉の主体になりうると解されるが、それは法人等もその構成員とは別個の社会的な活動の重要な単位であり、その社会的評価も保護に値するからなのである。そして、法人等の活動とは無関係なその構成員の私的行状は、たとえそれが当該法人等の代表者の行状であったとしても、直ちに当該法人等自体の社会的評価を低下させるものではないと解される(もっとも、宗教団体等のように、一定程度の倫理性をその存立基盤とし、代表者の行動に対する倫理的評価が当該法人等の社会的評価に結びつくような法人等の場合は、別論である)。

そして、〈1〉で表示されているのは、丁川の純粋な私生活における性癖あるいは行動に関する事実であるところ、同人が代表取締役を務める甲野商事は、営利を目的とする我が国有数の大規模総合商社であって、右表示に係る事実は、同社の事業活動とは全く関わりのないものというべきである。このような事実を摘示したからといって、それによって同社の社会的評価が低下する恐れがあるとはいえず、右事実の摘示は同社の名誉を毀損するものとはならないと解される。

(二) 次に〈2〉及び〈3〉の表示であるが、〈3〉の「甲野商事と通産省との癒着」っというのは、正に甲野商事自体の活動に関する事柄であり、また〈2〉における指摘も、丁川が甲野商事の社長であるということを前提としてのものであり、また、その内容からしても、丁川が同社の代表取締役として行った活動を指すものであり、また、これを聞いた者にそのように理解されるものであることも明らかである。したがって、これらの表示はいずれも甲野商事自体の社会的評価を低下させる恐れがあるものとはいえる。

しかしながら、他人の社会的評価を低下させる恐れのある表示をした場合であっても、それについて名誉毀損罪が成立するためには、他人の社会的評価を害するに足るべき「具体的」事実を公然摘示することが必要であり、当該表示が具体性を欠き、他人の社会的評価を軽侮する自己の抽象的評価・判断の表示にとどまるときには、侮辱罪が成立するにすぎないと解される。〈2〉及び〈3〉において表示された内容は抽象的であり、そこには甲野商事のどのような具体的活動を指すかを暗示するものすら含まれていない。同社は日本有数の総合商社であり、その事業活動は極めて多岐にわたっており、その個々の活動内容は、不特定多数の者には知られていないのが一般的である。被告人の〈2〉及び〈3〉における表示は、被告人の供述や証人寅山五郎の公判供述によれば、甲野商事の株式会社蔵商に対する融資を巡る紛争に関連してのものと認められ、公刊の月刊誌「財界展望」の平成七年七月号に、その紛争に関する記事が掲載されてもいるが、被告人の右表示の中には、右紛争を想起させるような文言は全く含まれていないのであって、右紛争が右記事等を通じて広く知れわたっていて、被告人の右のような表示に接した不特定多数の者の中に右紛争を想起する者がかなり存在するというような状況があったことを窺わせる証拠は全くないのである。加えて、本件の表示が、甲野商事本社ビル前に街頭宣伝車を停止させ、あるいは同ビル周辺を街頭宣伝車で走行しながら、いずれも概ね一〇分間程度の比較的短時間に、判示のとおり、拡声器を通して大声で怒鳴り、あるいは録音テープを流すなどの態様でなされているので、新聞や雑誌に記事を掲載するというような態様の表示とは異なり、その内容が抽象的に了知され易い面があるといえることにもかんがみれば、被告人の〈2〉及び〈3〉における表示によって、不特定多数の者が甲野商事の具体的な活動を想起するとは認められず、右表示は同社の社会的評価を害するに足るべき具体的事実を摘示したものとはいえないと解するのが相当である。

(三) そして、〈4〉の表示が具体的な事実の摘示に当たらないことはいうまでもない。

2 名誉毀損罪の成否

被告人の本件における表示には、丁川個人の名誉を毀損する具体的な事実の摘示が含まれていることは、明白であって弁護人もこれを争わないところであるが、甲野商事の社会的評価を害するに足るべき具体的事実の摘示が含まれているとは認められず、同社を被害者とする名誉毀損罪は成立しないというべきである。

3 侮辱罪の成否

しかしながら、〈2〉及び〈3〉の表示は、その内容の点からはもとより、ほぼ同一の内容をほぼ連日にわたって拡声器を通して怒鳴るなどして表示するという態様からしても、同社が不当、悪質な活動をしている旨の同社の社会的評価を軽侮する被告人の抽象的評価・判断を示したものであることは明らかである。そして、本件における表示の中には、童謡「桃太郎」の節に乗せて「ホモ野さん、ホモ野さん」と歌うなど、甲野商事を揶揄して呼称する部分も織り込まれているのであり、この歌声を含む〈4〉の表示は、ある会社を「破廉恥会社」と声高に呼称するのと同様に、同社の社会的評価を軽侮する被告人の抽象的評価を端的かつ執拗に示したものと評価することができる。さらに、〈1〉の表示は、それ自体は主として丁川の私的行状に関するものといえるのであるが、本件における表示の中には、「甲野商事社長丁川三郎、いやホモ野商事社長丁川三郎、貴様のようなホモ野郎は……」とか、「甲野商事……ホモ野商事といいます。社長がホモなんです」というようなものも数多く含まれていることや、本件での表示の態様に、前記のとおり、その内容を抽象的に了知され易い面があることからすれば、〈1〉の表示も、「ホモ野商事」あるいは「ホモ野さん」という軽侮の表示と一体となっている限度において、これもまた甲野商事に対する軽侮の表示とみることができる。

結局、被告人の本件(判示一の事実)における表示は、全体として、丁川を被害者とする名誉毀損罪のみならず、甲野商事を被害者とする侮辱罪をも構成するものと認められる。

第三  事実証明等による名誉毀損の不成立の主張について

一  弁護人の主張

弁護人は、被告人は、社団法人日本貿易会会長である丁川の行状という公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的で本件行為に及んでおり、被告人が摘示した事実はいずれも真実であり、仮にそうでないとしても、被告人は真実であると信ずるにつき相当な根拠を有していたから、丁川を被害者とする名誉毀損罪も成立しないと主張する。

二  当裁判所の判断

被告人が丁川に関して摘示した事実は、判示一のとおりであって、その純粋な私生活上の行状を核心とするものと認められる。私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、刑法二三〇条の二第一項にいう「公益の利害に関する事実」に当たる場合があると解される。しかし、丁川は財団法人日本貿易会の会長であるところ、同会は貿易業界に関する諸問題について政府関係当局に政策提言を行うなど、主として経済環境整備の関係の活動を行っている公的団体であって、丁川が同会会長としてたずさわる社会的活動も主として右の範囲にとどまるものと推認される。丁川が同会を通じてたずさわるこのような社会的活動の性質からすれば、被告人が摘示した事実は、丁川の社会的活動に対する批判ないし評価の一資料とはなりえないのであるから、「公共の利害に関する事実」に当たらないと解される。弁護人の主張は前提を欠くものであって、採用の限りではない。

なお、本件の審理において、弁護人は、右の事実証明等に関する主張の関係で、被告人の摘示事実の真実性を立証趣旨として、丁川の証人尋問等の請求をした。当裁判所は、右の判断を前提にした上、検察官が、情状の関係でも、被告人の摘示事実が虚偽であるとまでは主張しない(その真否には触れない)と釈明したので、右真実性に関する立証を許容しなかったものである。

(量刑の理由)

本件犯行の特質・態様のほか、犯行に至る経緯、警察の制止を無視しての犯行継続、被告人の前科(昭和五六年に大麻取締法違反等で懲役三年及び罰金三〇万円に、平成二年に脅迫で懲役八月に、平成五年に封印破棄で罰金二〇万円に処せられている)等に照らすと、被告人の刑事責任を軽視することはできないが、被告人は自ら行った行為自体は素直に認めており、公判廷で本件被害者・被害会社に対し二度と同種行為に出ることはしないと誓っていることなど被告人のために斟酌すべき事情もあるので、刑の執行を猶予することとし、主文のとおり量刑した次第である。

(裁判長裁判官 安廣文夫 裁判官 阿部浩巳 裁判官 高橋彩)

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